脱いじめの社会学

Sociological Insight: some episodes for escape from bullying

episode 5. とあるいじめの日常1

それは小学校でのお楽しみ会の準備の時だった。

クラス替えが行われ、新しいクラスでのいじめにも慣れ、 自分なりに平穏な日々を送れるようになっていた頃、ぼくは改めて奈落の底に叩き落とされた。

ちなみに、自分なりの平穏な日常とは、 毎日毎日山田菌と罵られ、間違って相手に触れようものなら本当に手を洗いにいかれたり、 自分から同級生に話しかけることは許されず、班で活動を行う時でさえ仲間に入れてもらえず、 掃除当番になっても汚いから箒を使ったり机を運んだりしないでくれと言われるような日常を、 自分はそういう存在なのだから仕方ないのだと、諦められるようになり、 いちいち涙を流すことなく、平静を装って過ごすことができるようになった日常だ。

前のクラスでもいじめられてはいたが、 今までと違う人たちに改めていじめられるというのは堪えるものだ。 それに、前の学年と較べていじめはより一層酷くなっていた。

今思えば、仕方ないと諦めて耐え忍ぶことに一体何の意味があったのかと思うが、 子どもの頭で一生懸命考えた一つの解がそれだったのだ。 何も全てを投げ捨ててしまってそう思った訳ではない。

だって、もし、ぼくがそういう存在だから仕方ない、のではないとしたら、 ぼくの回りにいる同級生たちは、みんな頭のおかしな人たちということになってしまうではないか。 そんなこと普通に考えてあり得ない。

でもさ、結局みんな頭のおかしな人たちだった、ってことなんだよね。

そんな新しいクラスでのお楽しみ会が開かれるにあたって、 今学期限りで転校してしまう女の子ちゃんのために、 クラスのみんなで折り紙で送別のレイ(首にかけるわっか)をつくることになった。

今もお楽しみ会なるものが存在するのか分からないので捕捉しておくと、 お楽しみ会というのは、学期の最後に、クラスのみんなで班ごとに分かれて紙芝居や人形劇を行う、 といったミニ学芸会のようなものだ。

さて、この女の子ちゃん、当時ぼくをいじめていた急先鋒だ。 そんな彼女が転校するにあたって、送別の品としてレイをつくるという。 クラスメイトの一人一人が彼女のために一人一本だ。

当然、ぼくはそんなものつくりたくなかった。

彼女に対して感謝の気持ちなんて全くないし、 自分のことを覚えていて欲しいという気持ちも、 転校してしまって寂しいなんていう気持ちも一切ない。

それどころか、彼女に対しては苦しみの感情で満ち溢れ、 一刻も早く転校してぼくのことはキレイさっぱり忘れて欲しいと思っていた。

そんな彼女のために何かしてあげたいと思うだろうか、思うわけがないのである。

だからぼくは、レイをつくらなかった。あまりにも悔しすぎるではないか。

今まで自分をいじめ抜いてきた相手に対して、 お楽しみ会の日に「今までありがとう、転校しても元気でね」とか言ってレイを掛けるのである。

あまりにも馬鹿げている。

それに、ぼくがレイをつくらなかったのにはもう一つ理由がある。 そもそも、そんなものをぼくがつくったとしても、受け取ってもらえる訳がないのである。

毎日毎日ぼくのことを山田菌と貶んできた彼女が、 その山田菌が手作りしたプレゼントなんて、もらってくれる訳がないだろう。 かえって迷惑だ。

ぼくはそう考えてつくらなかった。

しかし、いつまでたってもぼくが彼女のためのレイをつくらずにいると、 ある日担任がぼくの机にやってきて、どうしてつくらないのだと言う。

だからぼくは、当時のぼくなりの言葉で、彼女のために何もしてあげたくないと言った。

とても怒られた。とてもとても怒られた。

屈辱である。

一気に涙が溢れた。

転校していくクラスメイトに対して、 感謝の気持ちを持って送り出してあげられないなんて人として間違っていることです。

そんなようなことを言われた。

ぼくは酷く混乱した。

一体何を感謝したらいいのか、なぜ感謝しなければいけないのか、 感謝をしないという自由すらぼくには認められないのか。 それともいじめられたことに感謝の意を表せとでも言うのか。

悲しかった。

とてもとても悲しかった。

実際、ぼくはいじめの中でこういう仕打ちが一番堪えた。 クラスメイトに受けるどんないじめよりも、大人のこういった何気ない一言が、行動が一番堪えた。

子どもの社会を取り締まる存在である大人にそんなことを言われてしまったら、 あなたがいじめられるのは正しい、と言われているようではないか。

当時の担任が、そういうつもりでぼくのことを叱ったのではないことは分かる、けれど分からない。 そういうつもりがなかったとしても、そう受け取ってしまわざるをえないではないか。

その日の放課後、ぼくは泣きながらレイをつくった。

もう本当に悔しくて、気持ちが落ちつかないから手先も落ち着かなくて、 手を糊でベトベトにしながら、とてもとても雑なレイをつくった。

さて、そんな思いをしてつくったレイだが、当然彼女には拒まれた。

「そんなものいらない。」

知ってた。

知ってたよ、そんなの最初から。

本当に虚しい気持ちになった。

しかし、そこはぼくがレイをつくることを担任に強制されたように、 彼女がレイを受け取ることもまた担任に強制され、ぼくのつくったレイは彼女の元に渡った。