脱いじめの社会学

Sociological Insight: some episodes for escape from bullying

episode 2. いじめられて嬉しかった話

いじめられる、というのは一般に嫌な経験だと思うけれど、自分の経験の中にはいじめられて嬉しかった記憶がいくつかある。基本的にはどれも同じような理由で嬉しいと思うのだが、今回はその内の一つをお話ししたいと思う。

小学校低学年だった頃、ぼくは集団リンチを受けたことがある。

同世代の子ども数人に囲まれ、子分格の人間に体の自由を奪われた上で、リーダー格の人間に石を投げられ、砂をかけられ、パンチされ、キックされという具合でボコボコにされるという、起こったことだけを考えると酷い話だ。

でも当時のぼくにとって、それは本当に嬉しいことだった。これは、今思い出しても、ああ、あの時は本当に嬉しかったなぁ、と思える大切な想い出である。

何がそんなに嬉しかったのか。

ぼくは物心ついた頃から、少なくとも幼稚園に入る前から、いじめられていたが、ぼくがそれまで受けていたいじめというのは次のようなものだった。

  • 無視される
  • 閉じ込められる
  • 近寄るなと言われる
  • 触れるなと言われる
  • 悪口を言われる
  • 菌扱いされる

これらのいじめには一つの共通項があり、それはどれも、ぼくに触れたくない、ぼくに関わりたくないというものだ。当時ぼくをいじめていた人たちが実際そう思ってぼくをいじめていたのかは分からないが、ぼくはそうなんだろうと思っていた。

だから、小学校に入学する頃には、卑屈に思ってとかいうのではなく、それまで生きてきた経験からの合理的結論として、自分は誰からも近寄りたくない、視界に入れるのすら憚られる、ましてや触れることなんて許されない、禁忌の存在なのだと思っていた、というか信じていた。

もちろん、それで良いと思っていた訳ではない、みんなと同じように遊びたかったし、仲良くしたかった、でも、自分がそういう存在である以上、それは当然のことであり仕方ないことだと思っていた。

ずっとそう思って生きていた。

それが、である。

ある日突然、同世代の子どもに手足を押さえつけられるという肉体的接触により体の自由を奪われ、自分のことを無視することなく、石や砂を投げつけ、更にはパンチやキックという肉体的接触によりトドメをさされてしまうのである。

自分に関わろうとしてくれる人たちがいる、自分に触れようとしてくれる人たちがいる、というのが本当に嬉しくて、ボコボコにされつつも幸せでいっぱいだった。

これは、当時はそう思った、という話しではなく、今もそうである。この記事を書くためにこうして当時のことを思い出しているだけでも、とても幸せな感情が蘇ってくる。

この件があって以来、ぼくの世の中に対する認識は大分変わった。その後も相変わらず前述のようないじめは続き、自分が禁忌の存在であるという確信はそれからも当分の間壊れないのだけれど、もしかしたら禁忌の存在ではないのかも知れない、という可能性を感じられただけで、大分生きるのが楽になった気がする。

ちなみに、その当時ぼくを集団リンチした子どもたちというのは、自分が住んでいる地域とは少し外れた地域の子どもたちが、たまたま自分の住んでいる地域に来ていたようで、当時のぼくはまた会いたいと思っていたのだけれど、結局その後、再び会うことはなかった。

今思うとこの話は、同じ地域に住んでいなかったから、ぼくがそういったいじめの対象であることを知らずに、普通にボコボコにした、という話だったんだろうと思う。

いじめとはただ単に、暴力や嫌がらせを受けるのがいじめなのではない。

現にぼくは、こんな酷い暴力を受けたけれど、この件に関しては今に至っても嫌な感情は一切無い。起こった現象はいじめられた、という体裁を整えているかも知れないが、自分はいじめられたと思っていないし、心の傷もない。

いじめという現象を決定付けるもの、それは、いじめを行った側が何を行ったか、ということが決定付けるのではなく、いじめを受けた側が何を嫌に思い、何に嫌な感情を抱くか、ということなのだと思う。

加害者側の行為ばかりに注目すると、きっと、起きている問題の本質を見誤る。

実際、ぼくはずっと見誤られてきた。